書評:花田春兆著『殿上の杖―明石覚一の生涯-』

2020/05/14

本書は、スタジオIL文京とも縁の深かった、故花田春兆氏の最高傑作とも目される歴史小説である。花田さん自身、あるエッセイの中で、この作品を自分の代表作として上げている。

本書の主人公・明石覚一は実在の人物で、南北朝動乱の最中、平家琵琶の名手として活躍した一方、一演奏家にとどまることなく、「覚一本」という現代にまでつらなる平家物語の定本を確立・編纂した。ちなみに平家物語は、「源氏物語」における紫式部のような単独の作者がいるわけではなく、人々の口承によって改訂が重ねられ、多くの伝承を取りまとめ集大成したのが、この明石覚一だったのである。本書でも詳しく描かれているが、「覚一本」の特色として、「大原御幸」を最終章に持ってきたことが挙げられる。「大原御幸」とは、平家一門が壇ノ浦の戦いに敗れ滅亡してからしばらくしてのこと、平清盛のライバルでもあった後白河法皇が、清盛の娘であり入水した安徳天皇の母でもある建礼門院徳子のもとを訪ねてくるという名場面である。これを最後に持ってきたことによって、単なる軍記物だった平家物語を、諸行無常という仏教思想を反映した、深遠な文学作品へと昇華させたのだった。ちなみにこの演目では、法皇が遙々大原(京都)の地を訪ねると、そこはかつて栄華を極めた女院の住まいとは思えぬ程のボロ屋敷であった。この有様を、謡曲「大原御幸」では、「もの凄き」と表現している。また、壇ノ浦での戦いの様子をつぶさに聞き、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図であったことを知った法皇は、六道輪廻のすべてを今生で知り尽くした女院は菩薩の位にあるのだよ、と言って慰めるのである。

明石覚一の偉大な業績は、これだけではない。彼はまたは有能な政治家でもあった。明石覚一は当時の最高権力者・足利尊氏の遠縁であったが、その地位を利用して、当時としては先進的な福祉制度をいち早く取り入れることにも貢献する。それは、盲人の座の制度である。座とは、盲人による互助組織のことであり、そこには階級のようなものが設けられている。本書旧版のサブタイトルにもある「検校」とはその最高位にあたるものであり、その後に、別当、勾当、座頭などと続く。座頭は座頭市でもおなじみだが、これは座頭の市という意味である。この座の制度は、その後江戸時代まで続く。広瀬浩二郎氏によれば、視覚障害者は、中世から江戸時代にかけて、琵琶法師や瞽女、按摩など盲人固有の職能を得ることによって、他の障害者と比較して遙かに社会に溶け込み、相応の収入も得ていたという。(『触常者として生きる』、伏流社)その礎を作ったのが、明石覚一だったのである。

また、本書は極上のエンタテインメント作品であり、『太平記』のスピンオフ作品とも言える。『太平記』と言っても、今の若い人にはあまり馴染みがないかもしれないが、戦前なら、楠木正成は日本史最大のヒーローであった。その楠木正成を始め、足利尊氏、後醍醐天皇など、太平記のスターたちが続々とこの作品に登場し、『太平記』の名場面と明石覚一の活躍を絶妙に絡ませながら物語が進行する。また、風の市というこの作品独自のキャラクターも登場する。ちなみに、花田さんによれば、この風の市のモデルは、翻訳家・作家にして、さらに障害者運動活動家としても名高い、二日市安(後藤安彦)さんであるという。さらに、久我家の姫君との淡いロマンスもきっと読者を引きつけることだろう。この久我家は名門貴族であるが、昔から盲人への援助に力を注いできた一族でもあった。この心憎いまでの設定と目配りは、博識の花田さんならではのものと言えよう。

ちなみに、『殿上の杖』は、1992年に、NHKラジオ日曜名作座(声:森繁久彌他)で放送されている。NHK大河ドラマ「太平記」(現在、NHKBSプレミアムにて放送中)の翌年のことである。花田さんは、生前、『殿上の杖』はNHK大河ドラマを意識して書いた作品であると公言していた。旧版(こずえ版)では、「殿上の杖」という花田さんの直筆の文字が書名に使われていた。私も、この文字が、テレビ画面にアップして流れる日を心待ちにしている。間違いなく、それだけの価値ある作品なのだから……

(「ひろば」春号 発行:スタジオIL文京)

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